ヒトコワ 中編 実話 閲覧注意

自傷

4.5
(6)

人はふとした瞬間、怪物に変わる。いや、怪物が人間に擬態し、獲物を虎視眈々と狙っているのかもしれない。
単純に形が違うのであれ、怪物はあらゆる手段で人間を捕食する。

これは私が高校時代に体験した奇妙な出来事である。

消費税増税により5%から8%に変わって間もない頃、私はとある県立定時制高校に入学することになった。(仮名としてX高校とここではする)
その高校は県内で最も歴史の浅い、いわば創立して間もない高校で、フレックスタイム制という一風変わった教育制度を取り入れた全国的に珍しい学校である。そのシステムは大学のカリキュラムのように自分で時間割を作成し、興味のある分野を徹底的に学べるという、新しく新鮮な授業スタイルだ。県内では一番自由な校風であるのは間違いない。

さて、話を戻そう。あなたが聞きたいのは恐らく私の奇妙な恐怖体験談であるのだから。

私は入学して1ヶ月経ち、少ない数ではあるが会話する程度の仲の友人もできた。私の高校はクラス制ではないので授業を受けるには教室を移動しなければならなかった。つまり、移動の時間で休み時間10分中3分は削られる。よって、昼休みという休息は私たちにとってゆっくりできる唯一の時であった。

ある昼休み。私は自動販売機のコーラを購入し、ロッカーの新しい教科書を整理していた途中、突然背後から小柄で色黒な男子生徒が声を掛けてきた。名前はR(仮名)で南米某国出身の両親を持ついわゆる日系3世である。

初めて彼を見たとき、不気味な予感が脳裏によぎった。

彼は私の名前を覚えており、名前が似ているという理由で声を掛けてきたらしい。私は英語が昔から得意であり、先祖がアメリカ?出身であると疑心暗鬼ではあるが聞かされたことがあった。

類は友を呼ぶというが…Rは私に好きなアーティストは何かと訊ねてきた。レッド・ホット・チリ・ペッパーズのファンだったので、彼にこのバンドのことを教えたら彼はどうやらエミネムやピットブルといったヒップホップ系パーティー系が好みらしい。ある程度話が弾んでまた今度話そうと言って私は彼と別れた。

退屈な授業を終えて家に帰る準備をしていたとき、ペルー人の友人(彼とは今でも仲が良い)が不気味そうな面持ちで、

リストカット痕が深い男がこの学校にいて、彼はストーカーのように執念深く行動をするので、お前も気を付けろよ。と心配の声を掛けられた。

次の日である。
私はRと出会った。彼は友達らしき男子生徒二人をつれて私に声を掛けてきたのだが、その一声はおはよう、元気?といった気安い声かけではなく、むしろ私を侮辱するような一言であった。彼らの視線は獣のような狂気を孕んでいた。まるで私を草食動物のようにターゲットをし、今にも私にとびかかってきそうな眼差しであった。

私は短気な側面があるのでカッとなって奴に暴言を吐いてやろうと考えていたのだが教員が巡回していた上、生徒指導はどうしても避けたいとの思いもあり、虫酸が走る思いをする中で奴に蝮が蛙をにらむような目線で彼を見送った。

Rの顔つきはどこか血色が悪いというか育ちが良くないというか、下劣な笑みを浮かべていた。
どことなく不穏で陰湿で気色の悪い予感 …幽霊の類ではない胸糞の悪さをこのとき読み取っていたのかもしれない。

土日があけた憂鬱な月曜日、私はあの野郎に文句を言ってやろうとの気持ちで登校し、昼休みになって奴のもとに卑屈な一言を浴びせてやろうとしたら、これは意外、Rが謝罪してきたのだ。

「僕は君にひどいことを言ってしまった。ストレスがたまっていたので本当にすまない。」

口は災いの元である。
私は黙っていたのだが、彼が馴れ馴れしく自分の生い立ちを突如語りだした。彼の生涯は悲惨その物だった。

Rは某国に生を受ける。彼が物心つく前に両親は日本へ越してくるが、彼は小学生の頃に両親が交通事故に遭遇し不幸にも彼は家族を失ってしまう。Rには頼れる親戚もおらず、児童相談所の役員に拾われて孤児院に引き取られたそうだ。そのころのRは空腹で死にかけていたと彼自身の口から聞いた。更に彼は学校で陰湿ないじめを受け、何度も自殺未遂を繰り返したという。

そこまではよくある悲劇談であるが、彼にとって痛みは快楽でありつつ、承認欲求を満たすための手段である。

私は彼の悲惨とも言える生涯にショックを受けたが、そのエモーションは恐怖へと変貌した。彼の手首にはなんとリストカットの傷痕があった。ペルーの友人が言っていた「ヤツ」とはまさか………

「僕は死にたいんだ。死にたいんだ。一緒に自殺しようよ。」

その瞬間、私の中の危機感知アンテナが猛烈な勢いで緊急サインを発した。Rは憑依されたように強化ガラスをから飛び降りようとしたり、窓を割ろうとしたりした。彼の目は狂気そのものだった。

彼は逃げる私を執念深く追いかけてきた。
手にはカミソリが握られており、自身を傷つけるというよりは他者を殺して自分も死のうといったように見えた。

とっさに人込みに隠れるも彼はしつこく私をストーキングする。
血走った目で学生の人込みをかき分ける男。

タッタッタッ

お互い必死である。

捕食者と逃走者。

私はなんとか保健室へ逃げ、教師にこの事を伝えた。学校側もどうやら承知していたらしく、何人か若い先生が生徒指導へと向かった。しかし、彼はすでに保健室にいる私をまるで獲物を狙う虎のような眼光で睨み付けてこういった。

「死んでやる。死んでやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。」

彼は自前のカミソリを使って自分の首もとを切った。その表情は快楽に溺れる官能小説の主人公のようでもあり目の前にある死を恐れる捕虜のようでもあった。
新鮮な血液がその色黒な肌と対照的にしたたり流れる。

ある程度私と彼は距離があったが、鮮血の鉄分を含んだ香りが鼻元を通った。
怪物は笑いながら自身に流れる痛みと我々の反応を楽しんでいたように見えた。

しかし、男性教師の羽交い締めにより彼の吐き気を催すパフォーマンスは未遂に終わったのだ。

あいにく傷は浅かったので彼は命に別状はなかった。

男性教師のシャツには鮮血がついており、ロールシャッハ・テストの模様のように不気味であった。

一部を目撃した女子学生はあまりにもグロテスクな光景に嘔吐し、3日ほど学校を休んだ。

怪物の目的は、自分の痛みを人の記憶に一生残すこと。

私も彼女もその被害を被ったのである。

私は気分の悪いまま帰宅を余儀なくされた。あの日の出来事は今でも私の脳裏に焼き付いている。

担任によると、彼は自殺よりも自傷行為を見せつけることに一種の快感を得る疾患があるらしく、彼の悲惨な幼少時代が純粋だったRの心を歪めさせたとのこと。

その後Rは自主退学したとのことだが、今もどこかで自傷行為を見せて「快感」を得ようとしているのかも知れない……

幽霊よりも恐ろしいのは、極限状態に追い詰められた人間なのかもしれない

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