不思議な話 短編

逢魔が時

4.7
(7)

 

 修二が働いているのは小さな町工場。
 小さなネジを作る工場だが、工場長いわく「重要な部品」とのことで、社員も少ない零細企業ながらなかなかに繁盛している。
 定時は17時だが、大抵の場合少しだけ残業をする。
 残業とはいっても、翌日の仕事の段取りを組むだけなので40~50分で終わる程度のものだ。
 仕事が終わると、いつも同じ道をとおり、同じようなペースで歩いて帰る。
 寄り道はしない。というより、工場が家の近所なので寄り道をするようなあてはないのだ。
 仕事をし、少し残業し、いつものとおり帰路につく。
 それが修二の日々だ。
 工場を出るときには、工場長の母親の妙さん(恐らく80歳は超えているだろう)がお茶をだしてくれる。
 軽く挨拶をかわすのが常だった。

 その日も修二はいつもの通りの一日を終え、家に向かって歩いていた。
 ―と、小さな四つ角で誰かがうずくまっているのが見えた。
「どうしたんですか?」
 修二は声をかけた。
 それは妙さんと同じくらいの年齢と思われる老女だった。
「買い物からの帰り道なんだけど、荷物が重くてねぇ」
 そう答えた老女は2つの袋を持っていた。
 そこは軽い坂道になっているところだ。
 年寄りにはこの程度でも堪えるのだろう。
 修二はそう考えた。しかし。

 ―このご老人は今まで見かけたことがあるだろうか

 ほんのりと違和感を覚えた。
 修二の家からはそんなには離れていない。
 いわゆるご近所さん。しかしこの老女には見覚えがない。
 まあ、誰かの家族が遊びにきたのだろうと修二は考えた。

「ああ、じゃあ持ちますよ、どこまでです?」
 そう修二が言うと
「ここからまっすぐ行って、次の角を右にね」
 と老女は答えた。
 では、と荷物を手にする。
 意外と重い。いや、重すぎる。
 工場で大きな荷物を運ぶこともあるため、重いものには慣れている。
 しかし重い。何を買ったらこんなに重くなるというのだろう。
「ごめんねぇ、重くてねぇ」
 そう言いながら笑う老女の顔がどこか不気味だった。

 なんとか持ち上げた、と思った瞬間、余りの重さに荷物を取り落とした。
 ―グシャッ
 なにかがつぶれるような音。
「あ……、なんか……すみません」
 そういって老女の方を見ると、彼女の姿は消えていた。
 四つ角の四方を眺めても姿は見えない。
 残されたビニール袋。
 恐る恐る見てみると、中にはなにか泥の塊のようなものが入っていた。

 ―訳が分からない……

 じっとりとした恐怖感に襲われた修二は、踵を返して工場へ戻った。
 家へ戻るより近かったからだ。
「あれあれ、どうしたのぉ」
 と妙さんが目を丸くして修二を出迎えた。
 事の次第を説明すると、妙さんはため息をつきながら言った。
「逢魔が時かねぇ」
「逢魔が時?」
「ちょうど今くらいの時間を言ってね、妖怪やらに出会いやすいっていうのさ」
「ええ……」
「逢魔が時ってのはね、こうとも書くんだよ」
 手近にあったメモに妙さんがさらっと何かを書く。

 ―「大禍時」

 意味は聞かずとも分かった。文字通り「禍々しい」その字面を見て、先ほどの現象に改めて恐怖した。
「あと、四つ角ってのもいけないねぇ」
「そうなんですか?」
「四つ角には魔物がいるって話があるんだよ。まぁ、なにかの勘違いかもしれないけれどねぇ」
 修二はなんとも言えない気味の悪さに寒気を感じた。
 妙さんが差し出した温かいお茶で人心地つき、改めて帰路についた。

 同じ道は嫌だが、回り道するすべもなく先ほどの四つ角へ。
 ビニール袋は消えていた。
 あれはいったい何だったのだろうか。
 修二は少し早歩きでそこを通り過ぎ、家へ着いた。

 ―まっすぐ行って、次の角を右ね

 そう老女が言った方向にある家の夫婦が出かけ先で土砂崩れに巻き込まれ、死亡したと聞いたのはそれから1週間後のことだ。
 事故の時間があの時間であったのか、あの老女はなんだったのかそれは修二には分からなかった。

投稿者:遠野麻子(Twittercomicoノベル

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